事の発端はそう、義父からホタテが送られてきたことだった。
義父が青森にいったとのことで、お土産に大判の殻付き帆立が送られてきた。
しょっぱなから余談で申し訳ないが、義父の送ってくるものは、大概が大量である。
オムツを頼めば、オムツとおしりふきの詰まった段ボール七箱が玄関を埋め尽くし、
果物を頼めばマンゴーやマスカットやメロン、スイカ、巨峰、梨など、「隙間なんて作らないぞ!」と掛け声がきこえてくるかのごとく、季節を問わず大きな段ボールにぎっしりと詰められてくる。
この前は私のスマホのケーブルが古かったからと言って、新品のケーブルを3セットも送ってくれた。
しかも携帯充電器も2つつけて。
オムツは使うが保管するにも場所をとるし、果物は食べきれないし、スマホの充電器も一つあれば十分である。というか、別に古くても問題なく使うし。
まぁとにかく突き抜けた人なのだ。
お父さんにとっては、息子夫婦と孫を喜ばそうという一心なのだが、大概が「ネタか?」とおもわれる量である。
その豪快さが面白い。
息子に物心がついたときは、「おじいちゃん、あれ買って!これ買って!」とせがみまくるんじゃないかと今からちょっと心配している。
さて、そんな義父からホタテが届いた。
義父にしては小さめのサイズの箱が一つだ。
事前に、「どれくらいいるか」ときかれたので、「二人きりで食べられる量で!」と口を酸っぱくして伝えていた。
おそるおそる発泡スチロールの箱をあけると、大きな帆立がぎっしりと詰まっていた。
何個か数えてみると、なんと12個も入っていた。
「…まぁ、これくらいなら、たべきれる、、、か、、、?」
と、箱を開けた瞬間から私は懐疑的だったが、義父にしては極めて常識の範囲の個数である。
ちなみに、我が家の冷蔵庫はそこまで大きくない。
しかも、いつだって○%引きとかかれた食材がギュウギュウに詰まっているのである。
なので、新人のホタテくんが入ったところで、お局からちくちくといじめられてしまうだろう。
特に、鶏肉あたりが「いいかげんさっさと食え!」と叫ばんばかりにチルドの真ん中に鎮座している。
そんなわけで、件のホタテを今夜中に食べ尽くすべく、我々(マル子と夫)はそれぞれの任務についた。
ちなみに任務内容は、
夫→ホタテのうろをはずしたり、解体
マル子→ホタテのぬめりをとる、味付け、焼く
という、二人とも生臭くなる手順を含んだ、極めて公平なものである。
シンクの上に次々と置かれていくホタテの群れ。
魚介類特有の匂いが充満していくキッチン、
こうして我々の戦いは始まったのである。
もくもくと作業が進められる。
もくもく。
もくもく。
うかつにへらを突っ込むと、帆立が強く殻を閉じてきたから、本当に新鮮そう。
私は今まで、帆立を解体することなんてなかったため、私より手慣れている夫に頼んだが、
料理ができる夫を選んでよかったとしみじみと思った。
帆立の解体の仕方なんて、今回初めて知った。
そして、解体していく横で、トースターを使って私も帆立を焼いていった。
当初、12個なら、二人いれば一日で食べ切れるんじゃない?
という、非常に楽観的な予想をしていた我々は、早くもその予想の甘さを思い知った。
いかに美味しくとも、飽きてくるのである。
味付けはもちろんいろいろ変えた。
シンプルに醤油で、
定番のバター醤油で、
炙ったあとでわさび醤油で、
趣向を変えてニンニク醤油で、
塩コショウでチーズ焼きで、
オリーブオイルを垂らしてアヒージョ風で、
いろいろ努力したのだ。
しかし、だめだった。
やつらは、力強く
「我々はホタテである。何者にも屈服なぞせぬ」
と武士魂を発揮してくるのである。
さすがにチーズにはその武士魂も多少負けかけてくるのだが、そうすると今度は、
「せっかくの新鮮なホタテなのに、こんなスーパーで買うホタテと同じ味にしてしまってよいのか…」
という罪悪感に駆られる。
肉厚なホタテは、一口なんぞでは食べきれないのである。
一口目、二口目はおいしくいただいたが、しだいに「あとどのくらいだっけ?」と横目でチラチラ確認しながら食べるのである。
そして案の定、6個食べたあたりで、私も旦那もギブアップした。
明日に持ち越しである。
そんなわけで、私と夫の頭の中にはホタテが凝縮された時間だった。
そしておもむろに夫が口を開き、つぶやいたのが件の「マル子の可愛さを海藻に例えると…」というものである。
マル子「え、何で海藻やねん」
夫「いや、ホタテが頭の中を泳いでて海藻が出てきた」
もはやどこから突っ込んでよいのかわからない。
黙っていると、
「…利尻昆布?」と聞こえてきた。
マル子「いやいや、、なんで利尻昆布??」
もはや戸惑いしかない。
夫「いや、一般大衆受けする可愛さで親しみやすく、そして格式のある…あぁ、やはり利尻昆布だ」
夫の中で、私は利尻昆布ということが決定したらしい。
この世の中、昆布より可愛くないものを探すほうが難しいのではないか。
褒められている気が全くしない。
こうして戸惑いながら、夜はゆっくりと更けていった。